返報性の原理は人間関係を営んでいるとほぼ必ず働くものです。
この原理があるからこそ商売が成り立っているのですが、プライべートな人間関係においては厄介なものになりうると思っています。
返報性の原理とは
Wikipediaによると以下のような説明が為されています。
人は他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くが、こうした心理をいう。この「返報性の原理」を利用し、小さな貸しで大きな見返りを得る商業上の手法が広く利用されている。
引用元:Wikipedia
人から何か良くしてもらったら後で必ずお返ししなさいと言われますが、そういった人間特有の心理の事です。
すごく当たり前の事だと思うかも知れませんが、僕にとっては人間のこういった心理ほどトラブルの原因になっているものは無いと思っています。
返報性の原理が厄介だと思う理由
『せっかく与えてやったのにアイツは何も返してくれない!』と勝手に逆恨みする人が出てくる
相手に好意を持って贈り物をしたのはいいのですが、しばらくしても相手が何も返してくれず、それに対して逆恨みする人達が居ます。
多分ほとんどの人は何もお返しが無いと、このように思ってしまうのでしょう。
いつまでもお返しが無い事が原因で人間関係を終わらせてしまったり、相手に対して嫌がらせしたりすることもあるようです。
僕は見返り前提で贈り物をしてくるこのような人達の事を厄介だと思ってしまいます。
『見返りなんて期待しなければトラブルなんて発生しないのに・・』と思うのです。
施しを受けたら倍にして返さないといけないという暗黙の了解が厄介
他人に何か施しを受けたら倍にして返す人が居ますが、僕にはこれが理解できません。
同じくらいの価値で返せばいいのではと思ってしまうのです。
これだと先に施しを与えた者勝ちになってしまい、後出しした人は経済的に不利になってしまうことになります。
これだと不公平だと僕は感じるので、同じ価値の物でお返しするのが最もいいと思ってしまうわけです。
しかしそれをやると、『なんでもっといい物で返して来ないのか!』と勝手に逆恨みする貪欲な人も居るので非常に厄介です。
倍返しするのが当たり前という精神で居る人が存在している限り、トラブルは絶えないでしょう。
大きな見返りを期待してわざと相手に贈り物をする人が居る
一番厄介だと思うのが、わざと相手から大きな見返りを期待して贈り物をする人達です。
こういった人達は、人間という生き物は返報性の原理が働きやすい事を経験則で理解しているので、これを利用して相手に贈り物や施しを与え、後々のリターンを期待する人が居るのです。
リターンを見越した上で相手に施しを与えるという考え方は、ビジネスにおいては非常に大切な考え方にはなるのでしょうが、プライベートでやられると僕は胸糞悪さを覚えます。
過去の僕に関する話
ちなみに僕は元々、他人から何か施しを受けた際、その相手に後でお返しした方が良い理由を知りませんでした。
親からは『何か物を貰ったら後で返さないといけない』とよく言われたりしていましたが、僕は人の気持ちを理解する能力が人より低かったため、その言葉の真意を分かっていませんでした。
基本的に何か物をもらった時は、相手が好きで勝手に与えてくれているんだと考えていました。
そこに見返りという概念すら存在していないと思っていたわけです。
だから僕も、相手に何か贈る時は何も見返りを求めずに相手に渡したりしていました。
このように、相手に何か贈り物をしたい時だけ贈り、逆にもらう時は遠慮せずもらっておくというのが僕の考え方でした。
しかしこの考え方が原因で人から悪く言われたり、せっかく良くしても何も返してくれない薄情者扱いされたことが何度もあります。
こういった経験を何度もすることでようやく、普通は見返りを求めるものなんだなと理解しました。
それと同時に、『見返りの感覚って本当に面倒臭いものだな』と思うようになりました。
まとめ:プライベートでは相手に見返りを求めない施しでもしてみてはどうか
見返りを求める心があるからこそ、それに反した出来事が起きた時にイライラしてしまうわけなので、それだったらいっそのこと見返りなんて求めなくてもいいじゃないかと思います。
ビジネスであれば、お金を払う見返りとして商品が手に入り、商品を売る見返りとしてお金が手に入ります。
しかしプライベートでも同じように考えるのはやめた方がいいと僕は思います。
ビジネスとプライベートを一緒にするとトラブルの元になります。
せめてプライベートだけは相手に見返りなんて求めず、何か与えてみてはいかがでしょうか。
また相手から何か与えて貰ったとしても、『後で何かお返ししなければ・・』などと気負わず、気軽に受け取ったらいいんじゃないでしょうか。
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