本記事は以下の記事の続きのような位置づけになります。

先にこの記事を読んでおくことで僕と言う人間に対する理解が深まるかと思います。
それでは会社を1ヶ月持たずに辞めた後に心の中で思っていたことについて以下に挙げていきます。
二度と働きたくないと思った
もっとマシな職場に転職するといった考えすら浮かばなかったです。
働くことから徹底的に逃げてやるとさえ思っていました。
今まで親に金銭的負担を掛けまくってるので、どこか適当な場所に就職してお金を稼ぎ、恩返ししないといけないとも思いましたが、それでも二度と働きたくないという気持ちが最優先であることに変わりありませんでした。
今でもこの気持ちを最優先に考えて生きています。
親にお金を返さないといけないという返報性の原理に基づいた感情に従って行動していると、自分で自分を苦しめる結果になると思うからです。

親にお金を返すために何かしなければいけないと考えるのでは無く、自分の精神を追い詰めないように耐えられないことから逃げ続ける方がずっと大事であると考えています。
余計に人が怖くなった
元々対人恐怖症気味でしたが、会社に耐えられず辞めた経験でさらに人が怖くなりました。
今では会社の面接にすら応募する勇気がありません。
自分の目の前に面接官が居るのを想像するだけで吐き気が込み上げてきます。
仮に会社を受けて都合よく就職できたとしても、その会社で働く先輩や上司、同期らに対して恐怖心を抱くのは確実です。
そんな状態ではどこ行っても無理なのでどうしようもないです。
ずっと家に籠もって人と直接的に関わる機会を減らさないと精神が崩壊します。
籠もってる方が精神崩壊するだろって思う人もいるかもしれませんが、僕は基本的に昔から他人の悪意のようなものに晒されやすく、いつも他人のせいで精神崩壊に追い込まれそうになってきたので、今でも他人と関わらない方が気楽だと感じます。
理解のある友人と関わるのであれば大丈夫ですが、理解の無い人からは徹底的に見下されたり悪意ある言葉を投げかけられた経験が非常に多いので、基本的に知らない赤の他人とは関わりたくないと思ってしまいます。
自分が社会で生きていけるわけが無いと思った
みんな辛いことを我慢しながら生きてるのにそれが出来ない自分は社会で生きていくのは不可能だと思いました。
僕は物心付いた頃から【嫌ならやらなければいい】をモットーに生きてきたので、『みんなやってるからお前もやれ』といった同調圧力が本当に苦手です。
これは甘やかされて育ったからこんな考え方になったのではなく、本当に物心付いた時から思っていました。
両親からも『嫌なことでもみんなで協力しないといけないよ』と何度も教わってきました。
それでも僕自身の潜在意識下では完全に拒絶していたんでしょうね。
親の厳しいしつけや周りの大人の忠告などの影響を一切受けることなく、同調圧力に真っ向から敵対する考えを持つ人間が出来上がりました。
僕はこんな人間なので、みんなと一緒で万歳!な社会に身を投じて生きていくのは不可能に感じています。
働くことが本当に大嫌いであることを再確認した
辞める時、上司からは
『こんなすぐに辞めたら後が無いと思うぞ』
『せめて1年は居ないと』
『お前みたいな奴はどこ行っても同じ』
などと言われたりもしましたが、そこまでして嫌な仕事をしたいと思いませんでした。
働く=辛いという前提で生きていくなんて意味が無いと思っていました。
この考えは今でも変わりません。
ただ辛い思いやしんどい思い、身を削る思いをしてまで必死に生きても死は近づいてくるんです。
そう考えたら嫌なことを我慢して生きていくことにゾッとしてしまいます。
どうせこんなことになるなら大学院に行かなければ良かったと思った
働きたくないと思って逃げた大学院ですが、結局修了して就職した後にすぐ辞めてしまう結果になるなら大学院に進学しなければよかったと思いました。
院に進学せずにそのまま就職し、現実を見て絶望して無職になる道を選んだほうが親への金銭的負担を抑えられたかもしれないと思ったりします。
まとめ
1ヶ月持たずに新卒切符を破り捨てた僕の心境について書いてみました。
僕の考え方は一般的には全く普通じゃないので、あまり参考にしない方がいいと思います。
この記事が参考になるかもしれない人というのはおそらく、
・僕と似たような境遇の人
・社会に全く馴染めない会社員
・落ちぶれた人間に興味のある物好き
あたりだと思います。
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